お侍様 小劇場

   “新しい朝が来た♪” (お侍 番外編 56)
 

梅雨入り前は、そのまま夏へ突入かと思わせるような、
連日の暑さが続いていたものの。
これでそうと判断したのだろう、結構な雨のあとは、
気温も空模様も、何とはなく梅雨どきの覚束ないそれとなり。

 “…どうだろ。降るのかな?”

明け方は特に、空模様の曖昧さも格別なので。
家中の窓をあちこち開けつつ、
景気よく“しぱーんっ”と晴れてくれないお空を見上げ、
困ったことよと小首を傾げているのは、
ここ島田さんチの、
よく出来た嫁にして、頼もしくも優しいおっ母様、
七郎次さんではないかいな。
出窓に置いた小さめのプランターに気をつけながら、
少ぉし首を伸ばしてお外を見やる様子の、
何とも麗しいことか。
ちょうどその胸元の高さに咲き初めし、
ミニバラの可憐な緋色が、
ちょっぴり憂いに曇った白いお顔や、金の髪の淡色によく映えており。
シーツやバスタオルなんてな大物は、
晴れるかどうか見極めてから洗った方がいいものか。
いやいや遅くなっては尚更に乾かないから、
いっそ最初に手をつけた方がいいのかな。
胸中にあるのはそんな所帯臭い種類のお悩みだのに。
どこか切なげに寄せられた細い眉の加減とか、
悩ましげな目尻の下がりよう、心許ない様子の口許なんぞ、
何だかもっと深刻な悩みごとで、
困っておいでのようにも見えるものだから。

 「……。」

彼をばかり見守る者には、
どうしたのかな、大変なのかなと案じさせる、
何とも罪なお姿だったりし。

 「…。おや、久蔵殿。」

ついのこととて、ほけりと見ほれていたところ、
そんな影が 逆におっ母様の視野へも入っていた。
早起きな彼より もちょっと早くに起き出して、
お庭の一隅にての竹刀での素振りを百回から二百回。
それを毎朝の日課としている次男坊が。
自分の日課はさておき、
今朝もまた早くに起き出して、
朝のお支度を始めておいでの働き者のおっ母様のご様子に、
ついつい見とれてしまってた。
だらりと下げたままの竹刀を手にしていながらも、
どこかぼんやりと立ち尽くしていた久蔵へと向けて、

 「もうお稽古は終わられましたか?」
 「……。/////////(頷)」

目許たわませ、はんなり微笑うその笑顔には、
関東随一、いやいや高校生選手権にての日本代表とまでの実力誇る、
玲瓏透徹、凛々しき風貌した青年剣士殿であれ、
そりゃあ素直な反応で、白い頬が仄かに染まる。

 「いくらいい気候になって来たとはいえ、
  そのままでいては汗を冷やしてしまいますよ?」

さぁさシャワーを浴びてらっしゃいと、
打って変わった笑顔が、ようやく差して来た陽に照らされて、
ますますのこと、何とも神々しく見えた次男坊である。




     ◇◇◇



熱いめのシャワーを浴び、
いつも注意を受けるのでと、彼なりに手をかけてのこと、
髪をよ〜く拭ってバスルームから出て来れば、

 「しずくは残ってませんか?」

まだまだ湯冷めしますからねと、
伸びやかな声が飛んで来て、
ありゃりゃと肩に掛けて来たバスタオルを再び髪へ。
歩きながら今度こそはと水気の減りようを確かめながら、
そのままキッチンまで出向けば、

 「今日はおにぎりにしましょうね。」

食事をとるダイニングテーブルの上、
ほこほこと湯気の上がる大きめのボウルから、
炊き立てご飯を白い手へよそっている、
エプロン姿の七郎次がいて。
何ともきれいな形で組み合わされた両手が、
リズミカルにほいほいと動けば、
優しい手にくるみ込まれたご飯は、
隙間からちらちらと覗くごと形が整えられてゆき。
大きめの白い皿の上へ置かれたおむすびの姿は、
手頃な大きさで、角も優しく立っているお見事さ。
まだ湯気のあるうちにとつややかな海苔がくるんと巻かれて、

 「中に具を入れると傷むかも知れませんから、おかずをつけますね。」

夏場ほど本格的な暑さじゃあないが、それでも念のため。
まぜご飯やチャーハンも、暑くなるとお弁当には向かなくなるのだと、
ちゃんと知っているおっ母様。
朝食の下ごしらえと並行しての支度なのだろ、
アジの飴煮とみそ汁の鍋の他、
厚焼き玉子を焼いたらしい角型のフライパンが出ており。
オーブントースターの方には、
アルミホイルの皿で焼かれたロレーヌ風のベーコンエッグ。
テーブルの真横、縦に細長い曇りガラスのはめ込み窓は、
やっと顔を出した朝日の明るさに染まっていて。
テーブルの上や、次々におむすびを握る七郎次の横顔を、
それはやわらかく照らしている。

 「……。」

優しい風景にほわんと見とれつつ、
肩に降ろしたタオルの端、手持ち無沙汰にいじっていた久蔵だったが。
ふと、そのまま流しまでを運ぶと、何かしらごそごそとした後、
テーブルまで戻って来、ボウルのご飯へと手を伸ばす。
ちょっぴり怖ず怖ずと、でも思い切ったような勢いがあったので、

 「おや。お手伝いしてくれますか?」
 「…。(頷)」

だって、ボウルは結構大きめで、
これは恐らく勘兵衛の分の弁当も作る予定があってのこと。
秘書室長という肩書き上、
昼食が取引先や役員との会食になることも少なくはない大黒柱様だが、
逆に、大掛かりなレセプションや何かへ何人もであたるときは、
あちこちで同時進行になる情報を統合する“管制塔”の役目を担う関係で、
秘書室から出て来られなくなりもするとかで。
そんなリアルタイムの大変な作業がある日と それから。
単に書類整理の実務が重なって押し寄せる頃合いには、
手弁当片手というお籠もり作業になるがため。
愛妻弁当持参で挑むことにしている彼なこと、
社内ではもはや知らぬ者がないくらいに有名な話なのだとか。
ただでさえ忙しい朝なのに、
二人分の弁当作りは大変だろうと。
そんな気持ちが沸いたらしい久蔵なのへ、

 「ありがとうございますね。」

にっこり微笑って、熱いから気をつけてと、
まずは自身の手のひらで、
軽く転がし、冷ました分を渡してやるおっ母様。
さすがに竹刀とは勝手が違うか、おっかなびっくり、
それでもお初という訳じゃあなさそうな手つきにて。
ぎゅうぎゅっと心持ち小さめのを握ってゆけば。
まるで彼らの姿をそのまま写したように、
微妙に大小の差があるおむすびが数個ずつ並び。
最後にと、そちらは御主のものだろう、
もう少し大きめのが5つほども並んで、3人分のおむすびが完成。
それへと

 「???」

弁当が要りようなのは、学校と会社に出向く二人だけじゃないのかな?
あれれぇと、久蔵が不審に感じたらしいのへは、
お弁当箱を3つ取り出した七郎次が“くすすvv”と笑い、

 「だってせっかく久蔵殿が握ってくれた御馳走なんですもの。」

彼が握った小さめのは、
新しく取り出した薄水色のタッパウエアへと、
並べ詰めるつもりなおっ母様らしく。
白い手を口許へとかざし、もっともらしく声を落とすと、

 「これはアタシが独り占めさせてもらいますね?」

誰かに作ってもらったご飯って、
それが大好きな人なら尚のこと、何だか嬉しいじゃないですかと。
お昼が楽しみと微笑ったお顔がまた目映かったのへ、

 「〜〜。//////」

視線を泳がせつつ、肩をすくめた久蔵殿であり。
隠し切れずに口許たわませた様子がまた、
いかにも初心で稚く。
まったくもうもう、どれだけ可愛らしい和子であることかと、
おっ母様を微笑ませてやまなかったりするらしい。
ちょみっとうつむいた白いお顔を眺めてて、

  おや、そろそろ前髪が邪魔っ気なんじゃないですか?
  ? ……。(…そうかも)

今朝はもう時間もありませんから、そうですね…帰ってから。
簡単に揃えましょうねと口にした七郎次だったのは、
大切な行事や何やに備えての身だしなみでもない限り、
家人の髪は彼がその手でハサミを操り、整えてやっているからで。
刃物を持った誰かが背後に立つのを許すなんて、
勘兵衛様にしても久蔵殿にしても、
随分と忍耐を強いられることなのかも知れませぬ。
それともこれも、甘えていい暇間への口実となるもの。
それでとおっ母様に頼っている彼らなのだろか?
何げなく言った一言だのに、

 「〜〜〜〜。///////」

うんと、それは大きく頷いた様子、
背中の側からしか見えなんだ勘兵衛ではあったれど。

 “あの様子じゃあ、日頃以上に早く帰って来ることとなるな。”

部活の先輩諸氏らが、
またぞろしょっぱそうなお顔になるに違いないと。
今から想像出来てのこと、
顎のお髭を撫でながら、肩へとこぼれる蓬髪ゆらし、
頼もしい肩を震わせて、くつくつ笑った御主であったりし。


  あ、勘兵衛様、おはようございます。
  ああ。久蔵も相変わらず早いな。
  ……。(頷)


穏やかに朝のご挨拶が交わされて、
島田さんチの新しい一日が、静かに始まってゆくのであった。





  〜Fine〜 09.06.18.〜06.19,


  *シチさんと髪といやぁ…と繋ぐには微妙ですが、
   昨夜は“ケンミンshow”でいきなり載寧くんが出て来て、
   ワイルドな髪形で焼きそば食ってたんでびっくりしました。
   一体 何の撮影中なのか、凄んごい短く髪を刈ってましたね。
   ブログというかHPには、
   夏の舞台の予定があるとだけ告知されてましたので、
   その練習のためなんだろか。

  *……で。
(笑)

   一波乱あったことなぞ どこ吹く風と、
   何事もなかったかのように、
   平穏な日々が戻って来たらしい島田さんのお宅でして。
   相変わらず間延びしたお話が、まだまだ続くこと、
   どうかご容赦くださいませです。

  *ところで。
   教育テレビで放映されてる『美の壷』の新Ver.
   あのお屋敷が駿河の島田宗家のモデルなのはここだけの話です。
   いやいや、ああいう和洋折衷のレトロモダンなお屋敷って,
   風情があって素敵ですよねvv
   お手入れも大変なんでしょうが、
   それがこなせるのもまた旧家名士の甲斐性の尋。
   機会があったら見ててみてくださいvv

めるふぉvv メルフォですvv

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